「受容」とはなにか?
~「受け入れる」と「受け止める」の違い~
子どもと関わる仕事を続けて約10年。寄り添い、声をかけ、話を聴いていく中で、私がいつも「難しい」と感じるのが、実は最も基本となる姿勢――それが「受容」です。
「受容」とは、その子の存在をありのまま受け止め、その価値を認めること。
ここで重要なのは、「受け入れる」ではなく「受け止める」 という考え方です。
「受け入れる」と「受け止める」は違う
例えば、子どもが問題行動を起こしたとします。
その行動をすべて許し、「まあ仕方ないよね」と受け流してしまう――これを私は「受け入れる」と捉えています。
では、それは大人として・親として・一人の対等な人間として適切なのか?
私は違うと思います。
子どもの行動をなんでも許してしまう
子どものわがままをすべて受け入れてしまう
これらは「受容」ではありません。
逆に、
「受け入れてはいけないのだから叱ればいい」
「問題行動を起こしたら厳しく対応すべき」
という考えも、「受け止める」姿勢とは異なります。
「受け止める」とは、背景に目を向けること
「受け止める」とは、“一人の対等な人間”として相手を尊重し、その背景に目を向ける姿勢です。
問題行動そのものではなく、
なぜその行動に至ったのか
どんな背景や経緯があったのか
そこを理解しようと努め、
一度受け止めたうえで「これからどうするか」を一緒に考える
それが「受容」であり「受け止める」姿勢です。
受容が難しい理由 ― 人は「感情」で動くから
頭では分かっていても、実践は難しい。
なぜなら、私たち人間は感情に影響を受けやすいからです。
「言うことを聞かず、つい大声で叱ってしまった」
「わがままが続き、手をあげてしまった」
「仕事や家事のストレスで子どもに当たってしまった」
そんな経験がある方も多いでしょう。
その気持ちは、とてもよくわかります。
人間なのですから。
でも、
「人間だから仕方ないよね」
で終わってしまうのは、やはり違います。
大人として、子どもの見本であること
私たちは「大人」です。
未来を担う子どもたちに対して、大きな責任があります。
よく「子どもは親の背中を見て育つ」と言われますが、私はこう思います。
「子どもは“周りの大人”の背中を見て育つ」
親だけでなく、先生、身近な大人、親戚、テレビや動画の中の大人…
子どもは日々、多くの大人の言動を見て育っています。
だからこそ、
子どもの存在を認める
話を受け止める
背景を理解しようとする
こうした「受容」の姿勢を持ち続けることが大切なのだと思います。
受容の心を忘れずに
子どもが自分らしく健やかに育つために、
私たち大人が「受容の心」を持ち続けること。
そして、大人として見本となれるよう努力を続けること。
それが、子どもたちの未来を支える力になるのだと思います。
次回予告
次回も引き続き、もう少しだけ「受容」についてお話ししていきます。
ご家庭や学校での関わり方を見つめ直すヒントになれば幸いです。

